伝えたつもりがずれる理由|超翻訳第22回

本日、連載「超翻訳 ── 伝えたいを、伝わるカタチに。」の第22本を note で公開しました。

オーシャンビューのオフィスで身振りを交えて説明する男性と、頭の中に「?」と絡まった線が浮かぶ女性を描いたイラスト

説明したことが 別の話になって戻ってくる

ひととおり説明を終える。相手はうなずいている。こちらも伝わったと思っている。

何日かして、相手から連絡が来る。書いてある中身が、こちらの説明とは少しずれている。

どこで食い違ったのかは、もうわからない。

あとから気づくことって、ないですか。

自分の説明がどう届いたかは、自分にはいちばん見えない。


話した本人だけが 伝わったと思い込む

シカゴ大学のボアズ・カイザー(Boaz Keysar)らが、2002年に『Psychological Science』誌で報告した実験がある。

二人一組が40組。一人をA、もう一人をBとする。Aが話し、Bが聞く。

Aに渡されるのは、意味が二通りに取れる文章だ。指定された意味がBに届くように声に出して言う。Bは、どちらの意味だと思ったかを答える。Aにも、いまのは伝わったと思うかを答えてもらう。

Aは、10回のうち7回は伝わったはずだと答えた。Bの答えと突き合わせると、実際に伝わっていたのは10回のうち6回だった。

この実験には続きがある。AとBのやりとりを録音して、まったく別の37人に聞かせた。話してもいないし、話しかけられてもいない人たちだ。

この37人にも、同じことを答えてもらっている。実際より多く伝わったと答えたのは、最初の実験の話役だったAだけだった。

カイザーはこう言っている。判断を狂わせているのは、話すという行為そのものだ。

自分の説明が伝わったかどうかは、自分ではわからない。

実験の詳細(The Chicago Maroon)


言葉が喋れないうちは 伝わるほうが稀だった

私は10年以上を海外で過ごしている。子どものころに7年弱、大人になってから5年。

言葉が喋れないうちは、誤解と、伝わらないことしかない。伝わるほうが稀だ。

そのころのことが経験になっていて、そもそも伝わらないものだと知っている。間違って伝わってしまうことへの警戒心も高い。

ただ、日本で話の通じる人たちに囲まれて過ごしていると、自分の表現が少なくても伝わるものだと勘違いする。

会社で偉くなればなるほど、聞く側は、自分が思う以上に理解していない可能性が高いと考えたほうがよい。

だから、年に一度でいい、海外へ一人で行ってみるのをすすめている。外国人の友達をつくるのでもいい。理解してもらえない前提で丁寧に説明しないと通じない場所にあえて身を置くと良いだろう。


訳した人たちには 通じる前提がなかった

その前提で訳された本がある。

1774年、江戸で『解体新書』が出ている。杉田玄白たちが、オランダ語の解剖書を三年半かけて訳したものだ。読む人は、オランダ語も、西洋の解剖も知らない。通じる前提はどこにもない。

元になったクルムスの本は、どの章も本文と注釈でできていた。「脳および神経」の章でいえば、本文が2ページ、注釈が4ページ。詳しく書いてあるのは注釈で、解剖学者の小川鼎三は、原著者がいちばん力を注いだのもそこだと見ている。

しかし、玄白たちは、その注釈を訳さなかった。三年半かけて訳したのは、本文だけだ。原著のいちばん詳しいところをまるごと落としている。

当時の日本の読者には、そこまで詳しい本は必要ない。小川はそう見ている。

読む人に合わせて、訳す量を決めている。

言葉も同じだ。この本で玄白は、それまで日本語になかった言葉を作っている。「神経」だ。オランダ語の音でも形でもない。漢方にあった「神気」と「経脈」を組み合わせて作った。玄白は当時の手紙で、これを意味で訳したのだ、と書いている。

日本人がすでに知っている言葉で、見たことのないものを言い表した。だから広まった。神経が太い。神経を使う。いまは誰もが使っている。

相手がすでに持っていた言葉だけが、二百五十年残った。


自分で確かめず 相手に言い直してもらう

では、どうするか。

カイザーの実験で、実際に何が伝わったのかがわかったのは、Bが答えたからだ。Aにいくら聞いても出てこない。

この実験を日々の業務に応用するとすれば、すこし面倒ではあるが、説明し終わったあとで、ひとつだけ足してみてほしい。「いま話したの、どういう話だと思いました?」と聞く。

返ってきた言葉が、実際に届いたものだ。話したつもりの中身とずれていたら、そこが訳し直す場所だ。

直し方は、玄白たちと同じでいい。要らないところを捨てる。相手がすでに使っている言葉に置き換える。全部を言い直さなくていい。ずれた一つだけでいい。

自分の説明は、相手の口から出てくる言葉でしか確かめられない。


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連載「超翻訳 ── 伝えたいを、伝わるカタチに。」/毎週月曜、朝7時更新
第22本の全文を note で読む

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