Currently viewing the tag: "事故"

 

クリエイティブチェック アロハブランディング

 

今年も盛り上がってきているクリエイティブの祭典「カンヌ2015」から予選通過作品を順次ピックアップしていきます。

 

カンヌ!CHECK8
Promo&Activation部門のグランプリ
イギリスのボルボの”Life Paint”

 

自転車と車の接触事故を減らすために、
クルマのヘッドライトにのみ反射する特殊スプレーを開発。

企画の視点のずらしが秀逸

 

 

 

まとめ記事は、アロハブランディングのウェブサイトでも紹介していきますので、まとめて読みたい人はこちらをどうぞ〜。

 » アロハブランディングのCreative CHECK

 

 » Other Creative CHECK posts
 » Facebook Creative CHECK

 

 

太田哲也の「生き方ナビ―これから未来をひらく君へ」

太田哲也の「生き方ナビ―これから未来をひらく君へ」

 

太田哲也の「生き方ナビ―これから未来をひらく君へ」を読みました。

レース中の事故で、ひん死の状態から度重なる手術とリハビリを繰り返して復帰した太田哲也。壮絶体験から導き出された指南書といった一冊。

 

目次は、以下の大項目にもとづく50の道しるべから構成されていました。

ドキュメント・太田哲也
ナビ1 自分を受け入れる
ナビ2 他人を知る
ナビ3 進路・職業について
ナビ4「あと一歩」を踏み出す
ナビ5 幸せは足元に転がっている
ナビ6 KEEP ON RACING

 

以下、僕の中で「引っかかり」のあったコトバのメモを読んで興味がわいた人は、手に取って読んでくださいね。

 

 

本当に悲しい出来事に出合ったときには、悲しいって感情は遅れてやってくる。最初は悲しいというよりも、ただただショック。心がその現実を受け入れることを拒否してしまい、すぐには悲しみの感情がやってこないのだ。

悲しくなるまでに時間がかかればかかるほど、その人にとってそれだけ受け入れがたい出来事だということ。

「モーニングワーク」という言葉がある。心理学社のフロイトが提唱した理論で、モーニングとは「朝」でななく「喪mourning」という意味だ。

愛する人や生きがいなど、その人にとって大切なものを失ったとき、そこから立ち直り、新しい対象を見つけていくまでは、いくつかの段階がある。

まず衝撃を受ける。何かの間違いじゃないかと疑う。現実だとわかってパニックに陥る。そのあとになって、悲しみ、悩み、怒り、不安を何度も繰り返し体験する。こうした過程を通してはじめて、人は喪失を受け入れる心境になっていく。それがモーニングワークだ。現実から目をそむけ続けたり、失ったものを過小評価しているうちは、本当の意味での立ち直りはできない。

 
——————————————
 

我慢は現状否定であり、消極的な受け身の姿勢です。ですから我慢には限界があります。ところが忍耐には限界がありません。なぜかというと忍耐の忍の字はもともと「ごんべん」がついていて「認める」が語源です。目の前に起こっている現状をありのまま受け入れることが忍耐なのです。

 
——————————————
 

考えてみれば僕たちは、ついこのあいだまで自分の子どもとたいして変わらない年齢だったはずだ。人に偉そうに説教できるほどのことを学んできたわけでもない。そして現在も、親であることを学んでいる最中なのだから。

 
——————————————
 

好きなことがなくたって落ち込むことはないよ。なけりゃないでいいやっていうところだよね。みんなに言いたいのは、好きなことや、やりたいことが見つからないからって罪悪感を持ったり、がっかりするなよということだ。今の社会にはびこる「好きなことを見つけろ」という洗脳に惑わされて、自分を責めすぎるな!といいたい。

 
——————————————
 

迷ったら、悩む段階では賢く、決断する際はバカになって。

良くないのは、どちらを取るか決めかねて、決断を先延ばしにすること。チャンスの女神が遠のいてしまう。やらないで失敗するより、やって白黒つけるほうがいい。

悩む段階では賢く、決断する際はバカになって。そう考えて、自分の背中をポンと押すのだ。

 
——————————————
 

人はゼロで生まれ、いつか必ず死んでゼロに戻る。辛いことにも楽しいことにも終わりは必ずくる。辛い思いをしている人にも、楽ちんな人生を歩んできた人にも、「死」はすべての人に平等に訪れる。

でも、ゼロをネガティブな意味でとらえないでほしい。人生において、どんな失敗をしようが、最後はみんな一緒のゼロに戻れる。そう考えることができれば、今の自分に何ができるかを探り、やるだけはやってみよう、という気になってこないだろうか。

 

 

——————————————————————————–
*企画は身体性。良質な企画は世の中を変える。
*良きインプットが良きアウトプットを作る。

——————————————————————————–

 

Link: 太田哲也の「生き方ナビ―これから未来をひらく君へ」

BOOK LOG一覧はこちら

booklog

 

だいぶ古い本なのだけど、北野武の「余生」を読む。

もう6、7年前になるのだけど、僕は意識のないまま階段を真っ逆さまに落ち、右顔面を陥没した。当時、僕は過労だったのだと思う。仲間と作ってきた会社を潰すか否かのプレッシャーに常に晒されていた時期だ。いまとなっては定かではないのだけど、魂が抜けるみたいにすーっと意識がなくなった。気がついたら病院の手術台みたいなところで医者に顔を覗き込まれていた。「はい!」って手を叩いた瞬間、ぐじゃぐじゃになった顔の自分が病院のベッドにいる。そんな感じだった。人間の生と死は表裏一体なのではなく、死は生の中に突然落ちているものだと思った。

右半分の頬骨がボロボロになり、脳挫傷の危険を指摘され、様々な検査を繰り返した。顔にプレートを入れる全身麻酔手術の時には完全に開き直っていた感があった。突然置かれた状況を理解しようとしても無駄。こうやって簡単に色々終わるんだなーとだけ思った。その時、もっと生きたいと願う気持ちがあったかどうかはいまとなっては定かではない。

骨折は自然にくっついていくが、実はそこからが大変だった。意識のないまま高いところから真っ逆さまに顔面から落ちたため、その衝撃は体の骨格に大きなズレをもたらした。顎関節症、頸椎ねんざ、腰椎ねんざ、四十肩、次から次へと体に異変が現れ、どんどんボロボロになっていく。ズレた骨格は、結果的に内蔵をも蝕んでいった。その結果、潰瘍性大腸炎と言う特定難病疾患を煩ってしまうこととなった。この難病のせいで今度は一日20回くらいの下痢と下血を繰り返すこととなった。排便は人間の生理現象だ。これがコントロールできなくなると、今度は精神を病むことになる。そしてそのまま鬱に片足を突っ込んだ自分がいた。病院に行く度に持ちきれないくらいの薬を処方された。

あまり薬だけに頼るのは気分が悪かったので、半分自棄糞状態で、考えられるあらゆる治療法に手を出した。西洋医学は勿論のこと、東洋医学、漢方、鍼、ホメオパシー、バッチフラワー、ヨーガ、スピリチャルカウンセリング。何かだめなら、他の手を打つ、と言う単純なロジックをこの時学んだのかもしれない。

しかしながら、どれも結果的に大きな変化をもたらさなかった。結局、会社を辞める覚悟で会社を休職し、家族でハワイに行った。有休は腐る程あったので、ただひたすらサーフィンをして子どもと遊ぶ日々を過ごした。少しずつ心がほどけていったのを覚えている。PCを極力開かないように世界から自分を遮断しても、仕事のことを忘れるのには1ヶ月かかった。その後も少しずつ鎧がはがれていき、3ヶ月後には体調はずいぶん改善していた。これが所謂ハワイの不思議な力だったのかもしれないし、単純にしがらみを捨てて一歩踏み出したことによって、自分の中に宿っていたマイナス因子をプラス因子に置き換えることができた効果なのかもしれない。

3ヶ月後、日本に戻り、会社はそんな僕を引き続き大事に受け入れてくた。それだけでなく、当時の社長は僕をプロデューサーからクリエイティブディレクターの職に変更し、お金やスケジュールの管理に重きを置くPとは違い、よりクリエイティブに没頭できる環境を与えてくれた。これが後々大きな転機となり、クリエティブの楽しさを再認識することで、色々な賞の受賞にも繋がっていった訳だ。

体調的には、ある日、突然の今までにないほどの酷い嘔吐下痢に襲われる。水を口に含むだけで、下痢と嘔吐を繰り返した。それがまるまる3日間続いた。終わった時には、薬を飲まないでも潰瘍性大腸炎の症状がでなくなっていた。いまとなっては摩訶不思議としか言いようがない。おそらく究極のデトックスだったのであろう。細胞レベルで何かが削ぎ落とされる様な異変だったのかもしれない。

そんな事で、今もあの時の事故から考えると僕もまた「余生」を生きているのだと思う。時間がかかったが、再びこうしてハワイに来ている。

BOOK LOG一覧はこちら

Tagged with:
 
Set your Twitter account name in your settings to use the TwitterBar Section.