やり続けた人だけが、ブランドを残せる理由|Proof over Promise

今朝7時、note で「プルーフ・ブランディング(Proof over Promise.)」連載の第6本を公開しました。

EPISODE 6 やり続けが、すべて

今回取り上げたのは、二宮尊徳の「やり続け」と『報徳記』です。


ふと気付くと、小学校の校庭から二宮金次郎の銅像が消えていました。

ブランディング、マーケティング、DX、AI ── 半年で上書きされる流行カタカナが氾濫する裏で、本当に消えたのは「やり続けることが大事」という物差しなのかもしれない、と思います。

1822年、明治の半世紀以上前。35歳の二宮尊徳は、桜町領(栃木県真岡市)の復興に派遣されます。

報徳の四徳目 ──「至誠・勤労・分度・推譲」を軸に、二宮は15年がかりで桜町領を蘇らせました。渋沢栄一の半世紀前(二宮没1856年=渋沢16歳)、北関東で同じ「やり続けの思想」を実装した先駆者です。

1894年、内村鑑三が『代表的日本人』で世界に紹介します。


ここで一つ、150年の誤解を解いておきたい。

金次郎像は、薪を背負いながら本を「歩き読み」していたわけではありません。原典『報徳記』には「誦じる(=暗唱する)」と書かれています。像は「読書」ではなく「暗唱」の姿だった。

書く人ではなく、やる人。読む人ではなく、身につける人。

これは、現代のブランディングにも直結する話だと、書いている途中で気づきました。


記事の中には、私自身の話も書いています。

2008年からブログを始めて、17年。booklogを275冊、YouTubeのVログを1449本。誰にも頼まれず、ただ続けてきた。

ブランディングは、立派なメッセージを発信することよりも、毎日の小さな思想の訓練の、後から残るものだった ── 二宮の「15年」と、私の「17年」が、書きながら、ふと重なりました。

「証(あかし)は、誰にも頼まれず、ただ続けてきたものの、後ろに残る。」

▼ 続きを読む(note)
https://note.com/aloha_nagasawa/n/na754c24cd07e


古典の系譜を訪ねるこの連載は、まだ続きます。

毎週月曜、朝7時。
プルーフ・ブランディング ── 約束より、証(あかし)を。

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https://note.com/aloha_nagasawa/m/m0b1638139e48

HIROKI NAGASAWA

海の近くでクリエイティブに生きる

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