Book LOG | 三浦しをんの「神去なあなあ夜半」

 

三浦しをんの「神去なあなあ夜半」

 

三浦しをんの「神去なあなあ夜半」
を読みました。

 

三浦しをんさんの小説にでてくるキャラクターってなんでこう魅力てきなんだろう?

ひとりひとりがとても温かい
好きだな〜

 

もうちょっと情報を知りたくて検索したら案の定、映画化されていたのね

 

 

矢口史靖監督ワールドになっているので、これはこれで面白そうだけど、三浦しをんさんの小説とはまた良い意味で、別物かな?

今度観てみよう

 

以下、僕の中で「引っかかり」のあったコトバのメモを読んで興味がわいた人は、手に取って読んでくださいね。

 

 

携帯がないとメールもできないし、家の電話を深夜に鳴らすのも気が引ける。だから、声を聞きたい夜も、直紀さんのことを思うだけだ。念力かかってぐらいの勢いで、恋心を送る。直紀さん、うなされちゃうかもしれないな。それも気の毒なので、渾身の力で「好きだー!!」と十秒ほど思ったところでやめておいた。

 
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「挨拶すると、それだけで人間関係がうまくいくことが多いし、なんとなく気持ちが晴れやかになることだってある。その挨拶の範囲が、神去村では広いんやと思う。朝には「おはよう」って言うように、決められた時期に、決められた挨拶を、そこにいるとされる神さまに対してする。そういうことやないんかな」

 
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二十年前の5月6日に亡くなったひとが、全部で16人もいた。

 
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「いまでも悔やまれてならん」
と、ヨキは言った。「なんで俺は、笑顔のひとつも見せんと、二人をいかせてもうたんか。あの朝のことを何度も夢に見たが、どうしても、いっつも、俺はぶすくれとる」
「そういう年ごろだったってことは、ヨキのお父さんとお母さんだってわかってたはずだよ」

 
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「おかしなもんやなあ」
と、ヨキは静かな声で俺に言った。「お袋のことは、指を見ただけでわかった。親父は腹のあたりで確信を持てた。ほんまに親しいひとのことは、そんな些細なところも、よう覚えとるもんなんやな」

 
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にもかかわらず、自分を励ましてくれる清一さんの気持ちがうれしく、もう両親は俺を励ましたり叱ったりしてくれないんだろ思ったら悲しくて、ヨキは獣みたいに大声を上げて泣いた。
細く青白い月が、黒々と重なりあう稜線の狭間に、控えめに浮かんでいたそうだ。

 
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でも、たしかに、お稲荷さんの力は絶大だとも言えるかもしれない。
お稲荷さんを信心すると、そのひとの心にお稲荷さんが宿る。嘘をきらい、潔癖さを愛する神さまが、そうしたらそのひとは、もう悪いことはできない。お稲荷さんに監視されているし、罰が当たったらいやだから、たまに魔が差して、ずるいことや不正をしてしまっても「正しい道に返れ」と、内なるお稲荷さんがすぐに暴れだす。

 
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キスのみで、男の身で、妊娠にまで思いを馳せた俺の爆発する想像力と愛!

 
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変なもんだね。どこにいても、なにかが行きすぎだったり、たりなかったりするように感じられるなんて。

 

 

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*企画は身体性。良質な企画は世の中を変える。
*良きインプットが良きアウトプットを作る。

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