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吉野源三郎の「君たちはどう生きるか」

 

2018年のベストセラーから今年の6発目! 6/52

吉野源三郎の「君たちはどう生きるか」を読みました。

読み終えて、最初に芽生えた疑問、それは、「果たしてこの本は、子供向けの本なのだろうか? それとも、子供に教育を施す大人向けの本なのだろうか?」というもの。

読み進めると「そうそう、そういう感情が確かに子供のころあったなあ」とノスタルジーに浸る場面が多々でてくるのだが、それと同時に、「自分が子供のころ、この本の中で言われているようなことを、身近な大人から言われたらよかったのにななあ」という感情が芽生えてくる。でもこれは、大人になってからわかる「昔こういうことを言われたらよかったのになあ」であって、子供の当事者としては、これを素直に聞く耳をもつだろうか?というか、そもそもそういう話に興味を持つだろうか?と思った次第。(ヒューマンドラマの映画を見させられて喜ぶより、アクション映画やSFを好む子供の方が多い理由に近い)

主人公のコピルくんと、その父親がわりにコペル君を育てる叔父さんとのやり取りは、誠実であたたかく、非の打ち所がない。このやり取りを描ける事自体はとても素晴らしいことなのだが、これを子供が読んで面白いと思うのだろうか?というのが正直な感想。

でもやっぱり、大人としては子供に読んでもらいたいがために、よりライトに読みやすい漫画版が出ているのだろうなあ、とこれまた勝手に推測する。

以下、僕の中で「引っかかり」のあったコトバのメモを読んで興味がわいた人は、手に取って読んでくださいね。

 

 

コペル君は、ぐったりした格好をして見せた。北見君も、腕を投げ出して一休みしました。それで、水谷君も、あああと言って黙ってねころんでいました。
もう、お互いに口をきく必要もありません。黙ってねころんでいるだけで、どんなに楽しかったでしょう。

ーーー

ニュートンが偉かったのは、ただ、重力と引力とが同じものじゃないかと、考えついたというだけじゃあない。その思いつきからはみまって、非常な苦心と努力とによって、実際にそれを確かめたというところにあるんだ。これが、普通の人にはとてもできないような難しい問題だったのだね。

(中略)

だからねえ、コペル君、あたりまえのことというのが曲者なんだよ。わかり切ったことのように考え、それで通っていることを、どこまでも追っかけて考えてゆくと、もうわかり切ったことだなんて、言ってられないようなことにぶつかるんだね。こいつは物理学に限ったことじゃあないけど…。

ーーー

これだけいえば、もう君には、勉強の必要は、お説教しないでもわかってもらえると思う。偉大な発見がしたかったら、いまの君は、何よりもまず、もうりもり勉強して、今日の学問の頂点にのぼり切ってしまう必要がある。そして、その頂点で仕事をするんだ。

ーーー

君は、毎日の生活に必要な品物ということから考えると、たしかに消費ばかりしていて、なに一つ生産していない。しかし、自分では気がつかないうちに、他の点で、ある大きなものを、日々生み出しているのだ。それは、いったい、なんだろう。
コペル君。
僕は、わざとこの問題の答えをいわないでおくから、君は、自分で一つその答えを見つけてみたまえ。
別に急ぐ必要はない。この質問を忘れずにいて、いつか、その答えを見つければいいんだ。

ーーー

しかし、この人々は、自分たちの唱えていることが正しいと信じると同時に、自分たちの判断もいちいち正しいと思い込んでしまっていました。そして自分たちの気に喰わない人間は、みんな校風にそむいた人間であり、間違った奴らだと、頭からきめてかかるのでした。
だが、それよりも、もっと大きな誤りは、この人々が、他人の過ちを責めたり、それを制裁する資格が自分たちにある、と思い上がっていることです。同じ中学生に、そういう資格はないはずです。

ーーー

卑怯者、卑怯者、卑怯者

聞くまいとしても聞こえてくるのは、この無言の声です。
正月の五月、あの水谷君の部屋で、殴られるならいっしょにと、あれだけ固い約束をしたのを、コペル君は破ってしまったのでした。親友の北見君が殴られるのを目の前に見ながら、何一つ抗議せず、なに一つ助けようとしないで、おめおめと見過ごしてしまったのです。

ーーー

そんなこと、そんなこと、何も考えるまでもないじゃないか。いま、すぐ手紙を書きたまえ。手紙を書いて、北見君にあやまってしまうんだ。いつまでも、それを心の中に持ち越してるもんじゃないよ。

ーーー

だから、だからね、コペル君、ここは勇気を出さなきゃいけないんだよ。どんなにつらいことでも、自分のした事から生じた結果なら、男らしく耐え忍ぶ覚悟をしなくちゃいけないんだよ。

ーーー

僕、ほんとうにいい人間にならなければいけないと思いはじめました。叔父さんのいうように、僕は、消費専門家で、何一つ生産していません。浦川君なんかとちがって、僕にはいま何か生産しようと思っても、なにもできません。
しかし、僕は、いい人間になることはできます。自分がいい人間になって、いい人間を一人この世の中に生み出すことは、僕にもできるんです。
そして、そのつもりにさえなれば、これ以上のものを生み出せる人間にだって、なれると思います。

 

 

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*企画は身体性。良質な企画は世の中を変える。
*良きインプットが良きアウトプットを作る。

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*Amazonへのリンク→ 吉野源三郎の「君たちはどう生きるか」

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» 長澤宏樹の「思いが伝わる!心を動かす! 「アイデアをカタチにする技術」

 


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みどりのゆび

みどりのゆび

 

モーリス・ドリュオンの「みどりのゆび」を読みました。

いま、ビジネス書を執筆しようとしています。同時に、頭の中にはなぜか相反する児童向けのストーリー構成や演出が気になって住み着いています。そんな混沌とした頭の中身が自然と体に伝わっているのかは定かではありませんが、気がついたら 「みどりのゆび」を手にしていました。

振り返ると、「伝えたいことを、しかるべき方法で伝えること」を、ずっとずっと模索している人生のような気がします。いつか満足いくモノが表現できるようになることを信じて、願って、突き進んで、挫折して。その繰り返し繰り返し繰り返し。それが当たり前だと思えたときにはじめてジャンプできるだろうか?

思い入れをもって仕事に取り組んでいてもうまくいかない、そんな凹んだ時に、これまたパワフルな強烈な作品に出会うと、ダブルパンチで効いてきます・・・。

それでも僕たち表現者は前に進むしか道はないのです。

 

以下、僕の中で「引っかかり」のあったコトバのメモを読んで興味がわいた人は、手に取って読んでくださいね。

 

 

おとなといういうものは、説明できないものをむりやりに説明しようとする、へんなくせがありあます。
だからおよそ、びっくりさせられるといらいらするのです。なにかあたらしいできごとがおこると、それがじぶんの知っていることに似ている、とむちゅうになって証明したがるのです。

 
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「ぼくすばらしいことをみつけたんだ。」
とうんと声をひくめて、チトはいいました。
「花って、さいなんがおこるのをふせぐんだよ。」

 
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なおるためには、たしかに、この子はあすに希望をもたなくちゃいけない。とチトは考えました。ある花は、パッと開いてびっくりさせるやりかたで、きっとあの子の役に立つ。またある花は、まいあさ、なぞなぞをくりかえして咲く。ある日つぼみをちょっとひらく、そのつぎの日はちいさなカエルのようなみどりの葉をひろげる、そのつぎには花びらのひとつがひらく・・・。まいにちの思いがけないことがたのしみで、この子はきっと病気を忘れてしまうだろう・・・。
チトのおやゆびは休みなくはたらきました。
「ぼく、きみがよくなるとおもうよ。」
「あなたもやっぱりそうおもっているの?」
「おもっているさ、保障する。じゃあまたね。」
「またね。」と女に子はおぎょうぎよくこたえました。

 
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「ああ、カルロスはわたしよりもっと気のどくだ。
あのひとはね、じぶんのくにをなくしたんだよ。」
「じぶんのくにを?戦争でじぶんのくにをなくしてしまったの?
どうしてそんなことがあるの?」
「わたしの庭がなくなったのとおなじぶんにだよ。
カルロスのくににはかげもかたちもなくなった。
二どとみつからなかった。だからここにいるんだ。」

 
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「死んだ?」と、チトはさけびました。
「だって、戦争はなかったんだろう?」
「死ぬのに戦争はひつようじゃない。」と子馬はこたえました。
「戦争というのは、とくべつな死にかただよ・・・。
ムスターシュが死んだのは、年をとったからだ。いのちのあるものは、みんな、こんなふうにしておわるのさ。」
チトは、太陽がその光をうしない、まきばが真っ暗になり、そして空気がまずくなったように感じました。不安のしるしです。おとなは、じぶんたちだけが不安をあじわうことができるとおもいこんでいますが、チトぐらいの年ごろのこどもたちにも、感じることができるのです。この不安のなまえは、かなしみといいいます。

 
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じゃ、おじいさんもきっと知らない花をさかせてみたら?とチトは、もういちどかんがえなおしました。どんなにつかれていても、これならめずらしくってきっと目をさますだろう。
しかし、死に、なぞは通用しません。死んだことが、つまりなぞなのです。

 

 

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*企画は身体性。良質な企画は世の中を変える。
*良きインプットが良きアウトプットを作る。

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Link: モーリス・ドリュオンの「みどりのゆび」

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書籍代より送料の方が高くつく離島 – ハワイで日本語の活字に飢えたら

 

僕はクリエイティブディレクターという、広告業界意外の人にとっては少し聞き慣れない仕事をしています。

簡単にいうと、企業の広告やブランド、コンテンツを作る仕事をしています。
これらを作るための設計図を企画書にするのが主な役割です。

そのため、僕にとって、良質な情報のインプットは必要不可欠なのです。

あらゆる種類の情報を体の中に一度しみ込ませ、これを自分なりののフィルターを通じてアウトプットすることで、新たな解釈や付加価値が生み出されることを常にイメージしています。

*興味あるひとは「Book LOG - 良きインプットが、良きアウトプットを作る」をご覧ください。

 


堀江貴文の「ゼロ なにもない自分に小さなイチを足していく」


内藤誼人の「秋元康の発想は、なぜ人の心に「刺さる」のか?」

 

ネットからも最新の情報やソーシャル動向をリサーチしますが、個人的には書物からのインプットが好きです。

僕のインプットのメディア比率としては、
本=40%、ネット検索=30%、ソーシャル=20%、テレビ、本=10%
といった感じでしょうか。

僕にとって、良質な本との出会いは大切なインプットリソースなのです。

 

日本では、情報のインプット方法として複数の書籍を乱読してきたのだが、ハワイに来てからと言うものの、これがなかなか出来ずにいました。

と言うのも、アマゾンで書籍を購入した場合、ここは離島、書籍の送料だけでも書籍の倍の値段がかかってしまいます。一冊の本が3000円する状況におかれると、仕事とはいえ、やはり気軽に乱読ができなくなってしまいます。

しかしながら、活字への渇望感は日々高まっていきます。どうしよう?と思っていたところ、ふとAla MoanaのShirokiyaの中にブックオフがある事を思い出しました。

 

Shirokiya Book Off
1450 Ala Moana Blvd., #2250 Honolulu, Hawaii 96814
Ph: (808) 973-9111 Fax: (808) 973-9160
http://www.shirokiya.com/

 

Shirokiyaのブックオフには、日本のそれと比べるとサイズ感では劣るものの、それでも充分の本、CD、DVD、ゲームが所狭しと並んでいました。

考えてみたら、日本人観光客が置いて行ったものや、日本へ帰国する人たちがその本を売りにくるのですね。タイムリーな新刊もあり、想像以上に充実したラインアップです。

 

さらには、一冊1ドルコーナーもあります。日本で言う100円コーナーですね。

まずは活字渇望を満たすために自分のアンテナに引っかかった本を片っ端から手に取っても、合計13冊で13ドル!これは助かります〜(笑)

bookoff

これなら気軽に乱読ができますね。
1日1冊のペースに戻すことができそうです。

 

ハワイで日本語の活字に飢えたら足を運んでみてください。

 


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田坂広志の「仕事の思想」を再読しました。

古い本で、昔読んだときは、ベテランビジネスマンが、新人サラリーマンに向けて説教するモードに入ったり、冷静になったりという行為を繰り返しながら書かれた本、という印象を途中で受け手しまい(すいません)、その結果、読み進めるのが億劫になってしまいました。しかし、いまは、なんとなくベテランサラリーマンに説教されたい気分(失礼)、ということで再読しましたら、気になるコトバを多々手に入れることができました。

メモを読んで興味がわいた人は、手に取って読んでくださいね。

以下、僕の中で「引っかかり」のあったコトバです。

仕事の報酬とはなにか

「仕事の報酬とはなにか」を考えていくとき、誰にとっても最初に見えてくるのは、「仕事の報酬は給料である」とういう世界です。しかし、もし私たちが仕事に真剣に取り組んでいくならば、こうした世界では物足りなさを感じるようになっていきます。

そして、そのとき、次の世界が見えてくるのです。

それが、おそらく、「仕事の報酬は、能力である」とういう世界です。そして、それは、仕事をおぼえることが面白くなってきたときに見えてくる世界なのです。

そもそも、「できなかったことが、できるようになる」という体験は、人間にとって本源的な面白さであり、楽しさなのでしょう。だから、それがだんだんと面白くなってくるのです。

さて、こうした「仕事の報酬は、能力である」という世界において仕事のスキルやノウハウを身につけ、仕事の能力を磨いていくと、その向こうにさらに新しい世界が見えるようになってきます。

それが、「仕事の報酬は、仕事である」という世界です。

仕事のスキルやノウハウを磨いていくと、自分のやってみたい仕事ができるようになっていきます。

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やりがいのある仕事とは

ビジネスマンにとっての企画力の神髄とは、自分にとってはもとより、会社にとっても、顧客にとっても、さらには、社会にとっても有意義な仕事を企画できる能力なのです。

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「働く」とは「傍」を「楽」にさせること

仕事を一生懸命にやっていると、仕事のスキルやノウハウが身につき、仕事の能力が磨かれ、ひとりの職業人として成長していくことは当然ですが、実は、それだけではなく、ひとりの人間として成長していくことができるのです。
そしてその、成長を実感し、その成長の喜びを味わうことができるのです。

では、この「人間としての成長」とは何でしょうか。

それは「こころの世界が見えるようになってくる」ということです。

人間として成長すると、こころの世界が見えるようになってくるのです。たとえば、顧客の気持ちや職場の仲間の気持ちがわかるようになってくるのです。そして、顧客の気持ちや仲間の気持ちがわかるようになると、「うまく働くこと」ができるようになってくるのです。

なぜならば、「働く」とは「傍」を「楽」にさせることだからです。
そばにいる顧客や仲間を楽にさせてあげることだからです。

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企画というものは、顧客に納得してもらって、はじめて「良い企画」と言える。
企画が顧客に受け入れられないとき、それを顧客の能力の席にしてはならない。

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「地獄とは他者のことなり」

実在主義の哲学者、サルトルが次の言葉を残しています。

地獄とは他者のことなり。

この言葉の意味するものは、人間の「エゴ」の問題です。

「他者」すなわち人間どうしの「エゴ」がぶつかりあうことによって、「地獄」、すなわち大きな「苦しみ」が生じることを述べているわけです。このことは、たとえ企業の職場であろうとも、疑いのない真実です。だから、相手の「こころ」と正対するという修練をしないかぎり、私たちは、決して、「人間力」という力量を身につけていくことはできないでしょう。

それがいかにひそやかな形であれ、エレガントな装いをとってであれ、企業の職場には、エゴとエゴのぶつかりあいがあります。
それが人間の世界であかぎり、エゴとエゴの衝突があります。

(中略)

そうした相手の「こころ」に正対するという修行をしていかないかぎり、私たちは、本当の「人間力」と呼ぶものを身につけてくこことはできないのです。

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ショーペンハウエルの「やまあらしのジレンマ」

あるところに、二匹のやまあらしが住んでいました。

冬の朝、とても寒いので、二匹のやまあらしは、互いに暖めあおうとして身を寄せあいました。

しかし、あまりに近く身を寄せあったため、二匹のやまあらしは、自分の体に生えているハリによって、互いを傷つけてしまいました。

その痛みから、二匹のやまあらしは、互いに相手から離れたのですが、今度は、また、寒くてたまらなくなりました。

そこで、ふたたび二匹のやまあらしは、身を寄せあいました。するとまた、互いに相手を傷つけてしまったのです。

こうして二匹のやまああらしは、離れたり、近づいたりすることを繰り返し、ついに、最適の距離を見出したのです。

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他人の人生に責任を持つ者が、最も成長できる。

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夢と共感にあふれた職場の仲間。それもまた、仕事を通じて私たちが創りあげていくべき、「かけがえのない作品」。

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たとえ自分が、その夢を実現できなくとも、
いつか誰かが、その夢を実現する。

私たちは「夢が破れる」ということを、決して恐れる必要はない。

私たちに問われるものは、
「その夢を実現するために、力を尽くして歩んだか」ということなのです。

Link: 田坂広志の「仕事の思想」
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クリエイティブ・マネージメント―「デザイン」を広げるプロデュース術を読みました。

本書は、クリエイティブの「プロデューサー」にフォーカスした一冊です。日本をリードする7社のクリエイティブブティックの現場を支えるプロデューサー達のリアルなコトバが豊富に含まれていました。こうやって見てみると、カイカイキキの笠原ちあきさんの言葉はとっても分かりやすくて、「世界で戦うアスリートの変化にいかに気がつくか」ということに尽きるのだと思いました。こいった観点で支えてくれるパートが近くにいるということは実に羨ましい。

メモを読んで興味がわいた人は、手に取って読んでくださいね。

以下、僕の中で「引っかかり」のあったコトバです。

クリエイティブなビジネスをマネージメント、プロデュースするということ。

それは、クリエイターによってものが生み出される現場に立会い、ベストなかたちで世に送り出す道筋をつけ、ゴールまで導いていく「力」そのものである。彼らは、クリエイターのように目に見える何かをつくっているわけではない。目にみえないエネルギーで、作品の一部を担っている。プロジェクトのゴールを見定め、そこに向けてスケジュールを管理し、スタッフが働きやすい環境を整え、問題点を見つけ、解決にあたる。ミクロとマクロの視点を同時に持ちながら、クリエイティブを牽引しているのだ。

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左脳的働きでデザインの可能性を広げる good design company 水野由紀子

gdcのプロデューサーは単なるマネージメント的立場ではなく、クリエイティブ自体にも積極的に介入しているのが大きな特徴だ。
「普段からプロデューサーは、デザイナーやクリエイターの”フォロー”役という立場ではなく、プロデューサー自身も完全に”クリエイターの一人”という意識で振る舞い、考え、仕事をしています」と由紀子氏。

「水野は常々”アートディレクターとは、経営者の右脳である”と言っています。優秀な経営者の方は、右脳的なことも実はやれたりするのでしょうけど、左脳的な部分(経営や数字のこと)だけでも大変なのに、右脳部分までを全て一人でやるのは非常に大変。そこでアートディレクターが右脳部分を専門に引き受け、二人三脚でブランドを構築していくべきである。また、クライアントからいわれたものだけをつくるのではなく、求められている以上のものを提案したいというのが水野の考え方です。」

組織図にいえば、水野氏、その下にプロデューサー、さらにその下にデザイナーがいるという図式だ。
「デザイナーがプロデューサーの下、という意味ではないのですがアートディレクターとプロデューサーがチーム。プロデューサーとデザイナーがチーム、という意識で仕事を進めています。もちろん、アートディレクターとデザイナーとの距離が遠い、という意味ではありません。社内打ち合わせでは必ず3者で話をしますが、そこに至るまでの進行はプロデューサーが潤滑油となって進めています」

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クリエイターの権利を守る GRAPH 鶴見樹里

GRAPHには、ほかのデザイン事務所におそらくあまり見られないであろう知的財産権(以下、知材)管理部門という部署が存在する。
「この部署は、CIやロゴマークなどデザインしたものが世の中に出た時に、クライアントのビジネスツールとして最大限活用できるかどうか知財面から見ていくセクションです。クリエイターがデザイン作業に入る前に、クライアントが考えているブランド名や商品名に法的視点で問題があれば、その解決策をこちらから提案させていただく場合もあります」

アパレルの分野において商標登録を取らずにロゴをつくってしまえば、類似品が出回るケースが容易に考えられる。”color”に込められたコンセプトを活かしたまま登録できる方法はないものか、三者でブレインストーミングを重ねていき、ある結論にたどりついた。
「”color”の頭文字 ”c”を”k”にしてはどうかと提案しました。”k”にすれば読み方は希望通り”カラー”のまま、表記のみ”kolor”にすれば造語なんおで識別性のある文字になり、商標権か得られる可能性がでてくるという発想です」

著作権は本来、文化の発展のためにつくられたものです。そしてクリエイターは自分たちがつくったデザインに著作権があるのかどうか、把握しておくことは必要なことだと思います。

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クライアントとゴールを共有するために SAMURAI 佐藤悦子

サムライがロゴマークのみの依頼を受けていないのは、ロゴマークは単に形をデザインするだけのものではないと考えているためだ。ロゴマークとは、企業や団体のあるべき姿をビジュアル化したものであり、その具体的な形をつくり上げるまでには、クライアントと議論を重ねてゴールイメージを共有していく必要がある。さらに、出てきた課題をクリアにしていき、実際にゴールに向かっての施策を重ねながら、その活動や理念の最終的なアウトプットとしてのロゴマークに仕上げていくのだ。

サムライの仕事は、クライアントと真のパートナーとなり、「結果に対しても誠実に向き合う」というスタイルで行なう。クライアントがクリエイティブの必要性を感じ、サムライの考え方に共感してもらえるのかどうかを悦子氏は丁寧に見極めていくのだ。

通常サムライに仕事の依頼があった場合、まず悦子氏が窓口となる。一人でクライアントに会い、サムライが引き受けるべき仕事であるかどうかを見極めるのだ。このプロジェクトの内容や納期、予算、クライアント側の体制などの諸条件。さらに、先方が考えているビジョンなどを理解し、それに対してサムライがお手伝いできることがあるのかどうかを慎重に見極めていきます。

「多くの方は、デザインされた表面的な形だけを見て、”売れる形”や”ヒットする形”を求めます。でも、それは最終的なアウトプットの一つであり、重要なのはそこに至るまでのプロセス。それがいかに長い道のりでも、大きい比率を占めているかきちんと理解していただくことも重要なポイントです」

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世界で戦うクリエイティブに添うマネージメント カイカイキキ 笠原ちあき

「村上は若いアーチストの養成をアスリートに例えますが、村上自身は、テニスならウィンブルドン、ゴルフならマスターズの優勝争いをつねにしているようなトップアスリートなんです、。なので、”集中する” “リラックする” “ミーティングする” そんなアーティストの変化にこちらもきちんと対応し続けないと、アーティストの活動のバランスを崩してしまいます。マネージメントにも独自のコツが必要なんです」
が、村上氏の求めるクオリティにスタッフがすんなりついていけるわけでもないという。ゆえに、村上氏は外部から見ると異常とも思えるほどのマイクロマネージメントを行い、日々苛立ち、叱咤しながらスタッフ全員を引っ張っているそうだ。
「村上は、全責任を負って表舞台に立ち続けています。”自分は猿回しの猿として踊っている”と言うことがありますが、これは自嘲的な言葉ではなく、目先の見栄やプライドは捨てて、踊るべき時には踊ってやるという、覚悟を持った言葉なんです。そういった姿が日本では誤解されて見える部分もあるのですが、彼が見ているのは未来への革命であり、そのために自分が何をやるべきなのかがブレなく分かっているんです」

業務は原則的に全て村上氏の判断を経て進行するのだが、村上氏へのプレゼンルールも徹底されているという。「ビジュアル付きシート」の作成をしなければならないのだ。
「展示のパターンなどはもちろんですが、村上が判断・確認する項目は全てビジュアルで表現していなければなりません。文字もPCの打ち文字ではなく、手書きでなければいけない。うまい下手は関係なくて、相手にわかりやすく伝える努力をしているか、村上はその人の姿勢を見ているようです。口頭で補足説明しなければいけないようなレベルでは駄目で、とにかく見ただけで全てが理解できるように考えて工夫してつくらなくてはならないんです。

Link: クリエイティブ・マネージメント―「デザイン」を広げるプロデュース術
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